28.「重さの中国」、「数の日本」
周知の通り、中国は大きい上に人口も日本の十倍である。どうでもいいが、日本地図の形はタツノオトシゴ(中国語では海馬)だが、中国地図はニワトリである。タツノオトシゴは日本語で「龍が落としていった子」の意味ということを踏まえ、授業で学生にこの話をしたら、冗談半分のブーイングで「ええ〜っ!?」と返ってきた。龍は中国人にとって、壮大なイメージを抱かせるものだからだ。けっこうウケるものである。
さて、同じことでも国民性がよく表れているのが、「買い物」の仕方や習慣である。例えばスーパーなどで卵を買うとき、日本では十個や六個入りパックのものを買う。(最近は四つや一つのもあるが)鶴岡の市場で一度、「十個ください」と言ったら、ものすごく怪訝な顔をされた。また、一人分の野菜を買おうと思い、茄子を一本とジャガイモを三つだけ取り、差し出したら、卵の時よりさらにすごい顔をされた。日本では「数」で買うか、袋詰めされたものの中から選んで買う。中国でも大きなスーパーではそのような所もあるが、市場などでは基本的に数ではなく、「重さ」で買う。
私のように卵十個や茄子一本とジャガイモ三つなどと言って買う中国人はまずいない。 家族全員で食べる、それも一週間分ぐらいの食料を一度に買うので、とてつもない量になる。私のような買い物をするのは「ケチ」と思われる。別に卵を十個でもいいのだが、何せ、量りを使い、単位によって値段が決まっているので、数で言われると、計算ができないため、迷惑なのである。卵でも大きな袋にパンパンに入れて、下の方の卵が潰れるんじゃないかと思うぐらいたくさん買っている人もいる。
ほかにも米やナッツ類も量り売りが主流である。(もちろん袋入りも豊富にある)通るたびにみんなが手で触るため、衛生上問題な面もあるが。
中国料理では、とにかく油を使う炒め料理が多い。おまけに人も多い。よって消費量は半端ではない。中国に住んで、最初の頃ビックリしたのが、一斗缶をそのままペットボトルにしたような大きさの油を三つ四つカートの中や車のトランクに入れている姿を当たり前のように見かけるからである。日本の家庭なら一つで一年持ちそうな量である。
これだけの油料理に二、三ヶ月は胃がもたれたが、慣れてくると本物の中国料理が病みつきになってくる。
また、お菓子でも何でもとにかく大きいものが多い。
話は変わるが、日本に住んでいる日本人で、たまにいるのが、「中国にはこんな野菜あるの?」とか「この果物あるの?」などと留学生に聞いてくる人もいるらしい。本気で聞いているのか馬鹿にしているのかは定かではないが、「中国にりんごあるの?」と聞いた輩もいたそうだ。
日本の野菜や果物は輸入物も多く、きれいな成り立ちのものが多い。どこの国にも真っ直ぐなキュウリや艶のある真っ白なカシューナッツばかりが並んでいるわけではない。形や色が悪い物もたくさん並んでいる。日本人の嗜好は、よく言えば、上品で完璧を求めるのだが、悪く言えばかなりわがままである。ある学生が言っていたのだが、きれいなものは全部日本へ輸出される。その後残ったものが中国の市場に並び、一般の中国人が口にするのだと。全てではないだろうが、その通りである。だが、それだけ厳しい規制をし、輸入をしている国の管理は素晴らしいとも言える。その一方で、いいものばかりを要請され、それに応えるには、農薬や薬品を使うほかなくなってくる。ということも否めない。
以前、アメリカの牛肉が輸入禁止になった際、日本政府はオーストラリアとブラジルに牛肉輸出の増大を要請した。そのときのブラジルの業者が言っていたのだが、「日本への輸出用の牛肉をカットする技術を身につけるまでに一ヶ月かかる。嬉しいのだが正直、追いつかない。」とのことだった。それぐらい、日本人が日々口にしている輸入品は手間もかかる上に、完璧に管理されているのである。
話は逸れたが、中国では日本で見る野菜や果物はもちろん、日本では見たことも見ることもない野菜や果物がたくさん市場に並んでいる。
格差があり、特に内陸部では、これ以上ない貧乏人もたくさんいるのが中国であることに変わりはないが、逆に沿岸部では日本以上に物資が豊富であることも否めない。さらには、比にならない金持ちも多く存在することも忘れてはならない。
日本人のほんの一部だと思いたいが、自らの無知を大いに棚に上げて、人を小馬鹿にしながら、狭い視野で、心無い言葉を口にする輩もいるのである。
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