12.戦争の爪痕
私が日本語教師の資格を取って、最初に行こうと決めたのが、黒龍江省の鶴岡市だった。当時知り合った人の知り合いがこの学校の校長のお母さん(帰国者)だったのだ。そこでも運命を感じずにはいられなかった。冬は零下三十度の極寒の地だったが。
日本からのお客様ということで、街の中心の最も安全なマンションに住まわせてくれた。そこに以前住んで日本語を教えていたという六十ぐらいの日本人が酒を飲んで、酔っ払った挙句、水が入っていない風呂を沸かし、火事になりかけたそうで、(かなり迷惑な話だ)日本を発つ前の話とは違い、家で風呂に入ることは不可能だった。その黒龍江省の鶴岡に住んで、日本語を教えていたときのこと、しょうがないので、近所にある銭湯(シャワーがメイン)を転々とした。どこへ行っても、すぐに日本人とばれて、話しかけられるため、いつも居心地が悪かったが、そんなある日、自称○○病院の医者というおっさんから声をかけられた。「俺は日本人が嫌いだ!日本人を恨んでいる。俺の祖父は日本人に殺された」と言ってきた。私は申し訳なく感じたが、どうすることもできず、これまた下手くそな中国語で「私も昔の日本人がしたことは嫌いです」と答えたが、「おい、喧嘩するか?」と、また売り言葉が飛んできた。周りには興味津々な野次馬がいっぱいいる。しかも当然ながら、自分を含めてみんなすっぽんぽんだ。逃げるに逃げられない。「いやあ、喧嘩しても負けるし、あんたに恨みはないし・・・」と答えると、少し何かを考えたあと、急に笑顔に変わり、「じゃあ、今からお前の家に行ってもいいか?」と、とんでもないことを言い出した。部屋で殺されたくないし、仕事で使うパソコンやプリンターなど大事なものを持って行かれたくもないし、と、瞬時に考え、あたふたしながら「今日はこれから用があってダメだから、来週の水曜日にこの銭湯の入り口で四時に!」と出任せを言った。
それから四日ほど時間があったので、学校で校長とその息子さん、息子さんの奥さんとそのお父さんに相談したら、全く聞き取れない方言混じりの中国語で「ダメだ!行くな、行く必要ない、なにされるかわからない」と説教を三十分ほどされ、(ほとんど聞き取れなかったが)結局、すっぽかすことし、次からは少し遠くの銭湯に通うことにした。その後一度だけその銭湯に行ったが、幸いそのおっさんに会うことはなかった。おかげで、銭湯に行くのは一週間に一度になってしまった。
また、家の前の道端で夕方になると「花卷儿」という中に何も入ってい ないきれいな花の形をした、いわゆるマントウをきときどき買いに行った。それを売っているおばちゃんが「日本人ですか?」と聞いてくるので、「はい、そうです」と答えると、ものすごい笑顔で「バキヤロー」「ミシ、ミシ」と言ってくる。日本語の発音ができないので、「バカヤロー」が「バキヤロー」、「メシ」が「ミシ」になってしまっているのだ。本気で言っているのではない。日本人と聞いて、昔、日本人が戦争で人を罵倒するために使っていた日本語を一生懸命思い出し、知っている日本語を私に言ってくれているだけなのだ。だからものすごく笑顔なのだ。
先日ニュースで北朝鮮の拉致問題を取り上げていた。その中で、日本人記者が北朝鮮の一般の人に「知っている日本語はありますか」と深い意図があるのかないのかわからないが、聞いていた。そこで「バカヤロー」と意味もわからず、知っている日本語を言っていた。そして日本人記者の「知っている日本語はありますか」という質問のところだけをカットし、問題の場面だけがほかのニュースでも流れ出した。見事に情報操作をしていたいい例だ。
そのニュースを見て日本人はどう思っただろう。北朝鮮の一般の人は知っている日本語は?と聞かれて答えただけだったのだが、日本人が見事にメディアの餌食になった瞬間だった。
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